あの世とこの世と。

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「あなたが人のお世話をしているなんて

 想像できない!」

 

 

久しぶりに会った友人が

私の顔を覗き込みながら言ってきた。

 

 

「なに言ってるんだい?君には私がどう映っているのかね。失敬な」

 

 

ふざけて返してみるが、

本当に、どう見られているのかわからないものだな。と改めて思ってしまう。

 

 

 

 

第一、なんで介護職をしようかなんて覚えていない。

 

 

 

ふらふら生きて、

なんとなくなった。なんて言ったら

真面目に目指した人に失礼極まりないが、

 

 

 

気がついたらここにいた。

そんな感じなのだ。

 

 

 

 

いろいろあって、

このままだ駄目だなぁ。

何とかしないとなぁ。

とりあえず、やってみるか?

うん。やってみよう。

 

うん。まぁまぁやれそうだ。

いや、もう無理かも知らん。

毎日毎日、これの繰り返しか?

いや、今日はどうも様子がおかしいぞ?

おぉ、今日はどうも上手く行く日のようだ。

 

 

 

私は、自問自答。現実と思考がぐるぐる。

お年寄りはこの世とあの世を行ったり来たりしている。

 

 

 

「・・・もう、長ないなぁ」

90歳をとうに過ぎたおじいさんが、

つむっていた目をゆっくりと開け、言った。

 

 

 

「どうしたの?」

私は、おじいさんの浮腫んだ足に靴を履かす。

 

 

「なんや、最近。

 ようわからんわ。夢なんか、こっちなんか」

 

 

 

ーこっちかぁ・・なるほどなぁ・・ー

頭の中で、うなずき、私は続けた。

 

 

「○○さん!この前、お寺に行ったら○○さんに似た神様がいたよ!」

「悪い所をさすったら直るらしいから、頭さすりたかってんけど届かんかったわ!

 代わりに今、さすってもいい?」

 

 

おじいさんは、

どうやらこちらに戻ってきたみたい。

目に光が戻り、カッカッカッと笑う。

私に膝をさすられ、体をぐらんぐらん揺らしながら笑っている。

 

 

 

「ほな、ご飯に行きましょう!」

「おうっ行こか!」

おじいさんは「よっこいしょ」力を振り絞り、

車いすに移った。

 

 

私は、車いすを押しながら、

きっと、死ぬという事は怖くはない事なんだと思った。

 

 

 

 

ふと、あちらに行って、こちらに来ては体の重さに、

生きている自分を感じる。

 

 

「あぁ、そうか」

と、思い出すように口に出し、

すこしうんざりした表情をしたと思えば、

諦めに似た笑みを浮かべる。

 

 

諦めではない。

受容なのか。

 

 

そんな方たちと過ごす中で、

すべては未来の自分なんだ。

もちろん永遠がないことは知っている。

間違いなく死ぬのだ。

なんとなく、遠い世界の出来事みたいにとらえていたのかもしれないな。

と、ハッとした。

 

 

私はどう、死にたいか?

今までよりいっそう強く、そう思うようになった。

 

 

 

 

おじいさんが病院に運ばれたのは、その数日後だった。

しばらくして、亡くなったと聞いた。

 

 

 

重たい体が恋しくなったら、

また、戻ってくるのかな。

 

 

「しばらくはいい」

 

 

そんな風に聞こえたような、聞こえなかったような。

 

 

 

これもまた、私の日常である。

 

友人が私にどんなイメージを抱いているかは知らないが、

せっかくの私のイメージを温めていて欲しいので、このままにしておこう。